読書: 「超」入門!論理トレーニング

前に、後輩と揉め事もあり自分と相手の論理能力やコミュニケーションについて疑った。 先輩に紹介されたので「超」入門!論理トレーニング (ちくま新書)を読んでみたことがある。

その時のメモがあったので整理しておく。

得たこと

本書は、主張や根拠がなくても日本語はコミュニケーションが成立してしまう事を説明するところから始まります。 その上で日本語で論理的なコミュニケーションを成立させるための工夫を説明します。

日本と他国(特に欧米)とを主語や構文を中心に比較して、コミュニケーションの根底にある態度や受け手の反応の違いを説明する部分は面白かったです。

日本語で論理的なコミュニケーションを行うための工夫では、ディベートの技術やアプローチを基礎にしていました。 まず、表現の自由で受け入れられる意見はクレーム(主張)・データ・ワラントの3組で表現されているとして特徴付けます。

用語 説明
クレーム 主張
データ 根拠・事実
ワラント 根拠を持ち出した理由

そして意見を提示・分析・批判する時はこの枠組に従っていることを確認する事が重要だと主張しています。

紹介されている事例の1つで、上記を確認することでクレームが明記されてない主張を見つけられる例が提示されていました。 この例を通し、字面を元に文章への批判を展開しがちな自分の癖に気付かされました。

引っかかったこと

しかし、読んでいて引っかかったことも多々あったので3つほど挙げます。

論証の基本構造の捉え方について

1つ目は論証の捉え方です。論証の構造を単純化しすぎている様に感じました。そのため批判を組み立てるアプローチの選択に制限が加わってしまうように感じます。

まず3組では表現力が弱く、複数のデータ(論拠)を組み合わせてクレームを導く構造を作れません。 そしてデータ・ワラントがあれば構造として問題がないといった印象を受ける文が多かったです。

例えば、上記を満たしている意見を批判する場合、データ・ワラントへの反駁をするか対案を出すのがセオリーだと書かれていることなどです。 これでは批判できる範囲を狭くしてしまい思考を削ぐ可能性があります。 この立場では、示されているデータとワラントからクレームの間に飛躍がある事を批判できないと考えました。 著者の考えでは、飛躍を否定することはワラントを問うことに対応している可能性はありますが、特に言及はありませんでした。

論証構造を単純化して扱う時は「野矢茂樹の論証図」の方が便利だと感じました(これも不完全だと思ってます)。 これは比較的複雑な論証を図示できて更に論証の繋がりを矢印で明示します。そのためノードもエッジも批判対象に加えやすいと考えています。

文章の論理展開の分類について

2つ目の気になるところは、基本構造(3組)を組み合わせて文へ発展させる方法に演繹型・帰納型という名前をつけていたところです。 これらは、文章の中で主張と根拠が登場する順序によって分類されてました。(小学校の国語でやる感じの基本的なやつです)

しかしアリストテレスやポパーの演繹・帰納と紛らわしいため、主張先行・根拠先行のような命名にすればよかったのではと考えています。 特にポパーは本書の中でも登場し実際に(ポパーの)演繹や帰納の説明がされていました。

にも関わらず用法が異なる同じ言葉を使ってしまうのは認識の整理が甘いのかなと思わされてしまいます。

論理的意見の根拠に権威を含めている

3つ目の気になったところは、論理的な意見や根拠についての認識が甘いのではないかという懸念が湧いたことです。

受験英語について著者は批判的な立場でしたがその材料として受験の問題について言及していました。 具体例として挙げられていたのは、人権に関する文章を提示して著者に対して反論を述べる記述式の問題です。 これに対して著者は元の主張の著者には権威があり、更に人権主義がワラントであり反論は極めて困難であり、無理難題を押し付けていると主張されていました。

背景や根拠や権威も借りた鉄壁な論理展開を作るのが難しいからといって、 ある程度の根拠を持った論理的な主張や批判を組み立てることの間には隔たりがあります。 論文として成立するほどに準備されてなくても論理的で検証する価値があると判断できる文章は作ることが可能です。

また、しばしば〇〇さんが主張しているのに反論するには同等かそれ以上に権威がある人が「○○が述べている」のを見つけないといけないと書かれていました。 重要な参考情報ではあるものの、議論や批評としては必須ではないと考えています。それこそ誰が言ったからという非論理的な要素を含めてしまいます。

(もちろん専門性といった権威付けを行うことで議論や意思決定を効率的に行っているという社会・経済的な仕組みはありますが)論証の組み立てにおいてそれは必須ではありません。

最後になりますが著者は英語教育を主戦場にしている方でした。 「高校生のための論理思考トレーニング」で論理思考について英語を通して解説していて、こちらの本に主張の大部分を残してるといった感じの文章でした。なので、そちらを読んでみないと立場をはっきりとは掴めないかもなぁと感じました。 ただ、そんなに頑張って読まなくても良いかもなとも思ってしまいました。

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